ケースメーカーからFAXされてきた見積り書を、私は何度も見返していた。
そこには、注文する数量が30個の場合、それから100個の場合とあり、それぞれの一個あたりの単価が書かれている。
数が多くなれば単価は下がるのだが、、当然ながら、支払い総額は大きくなる。
既に 『プレス加工と削り出し』 という製作方法で行くことは決めていたから、これ以上、工法的なコストダウンは望めない。
結局、最初の注文ロットは無理をせず、30個に。
何とか手持ちのお金をかき集めて、着手金(総額の半分)を支払ったのだった。
一ヶ月ほどたった頃だったろうか?
試作品のケースを携えて、社長の息子さんと設計者のSさんがやってきた。
簡単に考えれば、設計図面の通り作ればいいわけだから試作品など必要ないようなもんだが、、実際にはそうはいかない。
図面というものはあくまで絵だから質感を伴っていないし、実物を作ってみたら 「ここの隙間は図面上ではごく僅かだけど、視覚的には結構気になるね」 みたいなことが起きてくるのだ。
真鍮製の試作品は、かなり良く出来ていた。
外注先でのプレス加工の必要なベゼルと裏蓋のコインエッジ(ギザギザ)は施されていなかったが、その他の部分は設計図面のまんま。
一番懸念していたラグの角度や形状も、希望通り。
ベゼルや裏蓋で閉め込む防水パッキンの厚み、それからバンドのを支えるバネ棒の穴の位置といった細かい部分を修正し、最終的な確認作業は終了。
試作品をうちに残し、先方は帰っていった。
これからいよいよ本番の製作に入る。
鈍い金色をした試作品を眺めながら、期待半分、心配半分。
先方は長年ケース作りをやっているから間違いはないだろうが、、、切削の容易な真鍮の試作では出てこなかった問題が、粘っこくて切削しにくい純銀で出てくることはないだろうか?
ベゼルや裏蓋のコインエッジのギザギザの感じも、まだ見ていないし、、。
こっちに関しては 「設計図面通りの寸法・形状でプレス加工されてきます」 ということで、、、ぶっつけ本番なのだ。
「大丈夫かなー、、。」
息子さんが、ピカピカの純銀ケースを30個持って現れたのは、確か2ヶ月ほど経った頃だった。
「どれどれ!!」
みんなで手に取り、穴のあくほど検品。
いくつか小さな磨き残しのある個体があってその分は手直しをお願いすることになったが、概ね、出来栄えは期待通り。
私はホッと胸を撫でおろし、彼に頭を下げた。
この下町の小規模なケース屋さんに出会わなかったら、、、年老いた創業者のおじいちゃんが 「やって差し上げなさい」 と言わなかったら、、、カスタム腕時計ケースの構想は、少なくともまだ何年も先送りになっていた筈なのだ。
先方が帰ってから、岩田が、早速ムーブメントをケーシングした。
確か最初にケーシングしたのは、1910年頃のウォルサムだったか。
ムーブメントの収まり良し。
捻じ込みの具合良し。
防水性能良し。
中身が入って 「時計」 になったカスタム腕時計は、輝いて見えた。
エナメルの真っ白な文字盤は、良い意味で古さを感じさせない。
それでいて、裏蓋のサファイア越しに見えるムーブメントは確かにアンティークのそれで、隅から隅まで丁寧に仕上げられている。
ビンテージの腕時計のように、水気や汗を気にする必要はない。
余程の衝撃が無い限り、風防が割れる心配もない。
そして何より、適切な手入れをしている限り、間違いなく、何代にも渡って使い続けられる腕時計。
こうして平成16年の夏、「パスタイム カスタム腕時計」 の構想は、実現した。
東村山のジャンクヤードで 「いつか出来たらいいなぁ」 と思い描いてから、、既に10年以上が経っていた。
(続く)