アンティークウォッチのケース修復についてご紹介差し上げた前回に続き、今回はムーブメント編。
もっともムーブメントに関しては細かく事例をあげていったらキリがなくなるので、、、ここでは一番頻度の高い 「ネジの仕上げ直し」 に絞ってご紹介しようと思う。
ムーブメントのあちこちに使われている、マイナス溝のネジ。
分解・組立てのたびに一定の力が掛かるから、100年以上も経った時計のネジが無傷であろうはずもなく、どれも、多かれ少なかれ傷ついている。
また、さほど傷んでいないが、錆びてしまっているネジも多い。
これを片っ端から全部新品仕上げしていたら大変なことになるし(実際、そういう時計もたまにあるけど、、)、少々傷があっても目立たなければ、なおかつ機能的に問題がなければ、その必要もない。
だから通常うちで仕上げたり交換したりするのは、、、傷みが激しく明らかに見映えが悪いものや、頭の形が他と不揃いなのに替えられているもの、それからミゾが浅くなっていたり寸法が不適合だったりして、そのままでは分解・組立てに支障のあるもの、ということになる。
当然と言えば当然だが、仕上げ直したネジの頭は、厳密に言えば、元よりもいくらか短くなる理屈だ。
でも、研磨で減る寸法はほんの僅かだから、機械的にも視覚的にも、問題はない。
逆に言うと、一定以上に深く傷ついているネジの場合は、研磨仕上げではなく、新規製作を選択することになるわけ。
いずれにせよ、ムーブメント鑑賞に興味の無い方からするとネジの仕上げなど全く必要のないものだろうけど、、、その道の愛好家?にとってネジの見映えは、それなりに大きな問題なのだ。
下の画像は、オールドハワードの青焼きネジ。
地板の文字盤側、香箱受けのネジとシャトンのネジ、合計3点の仕上げ直しの様子だ。
1枚目の画像では、青焼きネジのミゾ周辺にドライバーでこじったような傷があり、そこだけ表面の青焼きが剥げている。
2枚目の画像では、ネジの傷はきれいに青焼きし直され、剥げた部分が無くなっているのがお判りだろうか。
実際のところ、青焼きのネジもそうでないネジも、最初の行程は同じ。
頭が平面のネジの場合は、専用工具で平面出ししながら研磨を掛ける場合もあるが、そうでない場合、まずは少し粗目の砥石やサンドペーパーで傷を取り、その後は番手を上げつつ、鏡面仕上げにする。
青焼きのネジでない場合は、これで完了。
言葉にすれば、実に簡単な話しだ。
そして青焼きネジの場合は、ここからあらためて焼き色を付けることになるが、これが結構難しい。
青く焼くだけなら単純な作業だけど、、実際には青焼きとは言っても真っ青なネジばかりではなく、時計によって、その色合いは微妙に違うから。
どんなに手間ひまかけて仕上げても、その色合いが周りのネジと合っていないと、ヘンテコなものになる。
だからアンティークウォッチのネジを青焼きする場合は、注意深くネジを熱していきつつ、周りのネジと色合いが合った瞬間に、ピタッと火から外さないといけないのだ。
先の画像で、、仕上げ直していないコハゼ(三日月型の部品)の大きなネジと、仕上げ直した3本のネジの色が合致しているのがお判りだろうか。
参考までに説明を加えると、、、鋼の焼き色は、主に温度によって変わる。
白く光った状態から熱してゆくと、次第にだんだんと黄ばんでくる。
更に熱すると 「薄い麦わら色」、次に 「濃い麦わら色」 に。
その後は 「小豆色」、そして 「紫色」 に変わり、、「紫がかった青」→「濃い青」→「薄い青」 と続く。
通常、青焼きネジの色は 「薄めの青」 まで。
この時点で表面温度はゆうに300℃を越えていて、、それ以上熱すると色が薄くなりすぎるばかりでなく、ネジとしての硬度を損なってしまうから。
ちなみにアンティーク時計で青焼きされている部品はネジに限らず、針やスプリング等も含めて色々。
そしてその青焼きの色の傾向は、製造国によって、時代によって、メーカーや個体によって、実に様々だ。
特に決まった定義はないが、、、私の経験則で言うと、ほとんどのイギリス時計は濃い青。
スイスの高級時計は紫色が多いが、19世紀のティファニーなどは、紫までいかない小豆色が多い。
フランスは紫と青の両方、、アメリカも殆どは青だけど、イリノイの多くやエルジンの一部は、小豆色。
だからイギリス時計のネジを紫気味には焼かないし、、、反対に19世紀末のスイスの時計のネジを、真っ青に焼くこともない。
そうなっている時計を見ると違和感を感じるし、よく見れば、必ず焼き直した形跡が見つかるものだ。
完全な余談になるが、、、 「青焼きのネジは、そうでないネジよりも手間が掛かっている」 というイメージをお持ちの方がいらっしゃるようだが、これはアンティークウォッチに関して言えば、完全な誤解だ。
これは、当時のネジの製造工程を考えると、簡単に解る。
ネジの製造前の素材は、生(焼きの入っていない)鋼。
鋼と言えどもこの状態では柔らかく、ねじを切ったり、頭の溝を切ったりといった加工が容易だが、このままではネジとして柔らか過ぎる。
だから形ができたら赤くなるまで熱した後、油や水の中でジュっと急冷して、「焼き入れ」 するわけだ。
焼き入れした後のネジは、白っぽく、ガラスのように硬い、つまり脆い。
そのままでドライバーを突っ込んで捻ったら、ポキッと簡単に折れてしまうから、300℃少々まで再度加熱し、粘り強くしてやる必要があるのだ。
この工程が 「焼き戻し」
近年では、こういった工程が真空の炉の中で行われるから鋼の色が変化することはないのだが、かつての現場では、今もうちでやっているように、大気中で熱処理していた。
焼き戻しに適した温度になった鋼は、酸化被膜がついて自ずと青色になるから、温度計要らず。
青焼きのネジはこれで完成するわけだが、そうでないネジはここから更に研磨して、酸化被膜を落としてやる必要がある。
つまり実際には、こちらの方が青焼きネジより手間が余計に掛かるという訳。
もっともこれは、上記のような傷んだネジの再仕上げの場合は手間数が逆転するから、あくまでも時計の製造時の話しだが。
最後に、錆びてしまったネジの青焼きには、注意が必要だ。
何故なら、傷だらけになっていたネジと違い、錆びたネジの場合、、表面を綺麗に仕上げても元々錆びていた部分の焼き色が薄くなり、ムラになることが多いから。
この場合、あらかじめ一定量の肉厚を削り落とす必要があるのだが、、、そうすると、さすがにネジの頭が短くなってしまう。
だから錆びたネジを見たら 「これならそれほど削り落とさなくてもイケる」 とか 「これは短くなってダメだから、始めから新規製作すべき」 という判断をしなければならない。
これはもちろんネジに限った話しではないが、やはり経験がモノをいう部分なのだ。
----------------------------- まとめ ----------------------------
前回の外装に続き、今回の内装(ムーブメント)のレストア仕上げは、通常の修理では行わないものです。
ご希望の方は、外装だけ、内装だけ、或いは全てMPグレードでetc、と、遠慮なくお申し付け下さい。
内装に関しては、事細かなお見積りはお出しできませんが、あらかじめ 「おおよそ〇〇万円程度までのご予算が必要」 のようなご案内を致します。
あとは、全てお任せ下さい。
元の状態が悪ければ悪いほど、時計は見違えたように生まれ変わりますので。
それでは、今後ともマサズ パスタイムをよろしくお願い致します。