2月に入り、節分の豆まきが終わると、いくぶん寒さが和らいできた。
残念ながら緊急事態宣言の解除は成らなかったけど、それにもかかわらず来店される方は多くなり、ちょっと活気がでてきたよう。
このままどんどん陽気が良くなって、コロナ騒ぎなんか収束してしまえばいいのだが、、。
「中島さん、これどうしましょうか?」
目の前に、最年少の佐々木が立っている。
なんだ? ああ、そのインターか。 そういやぁ、ぼちぼち仕上がる頃かな?」
ちょっと前の真下のインターに続き、もう一点インターナショナルの腕時計を入手した私は、そのレストアを佐々木に任せていた。
「えーっと、天真も3番車の上ホゾも新品にして、もう精度はいいんですけど、、ゼンマイを巻き上げる時に、たまにカリっと滑るんですよー。」
「なんだ、 じゃあダメじゃん。」
「ですよねー、、。」
「どれ、 ちょっと見せてみ。」
文字盤がはずしてあったインターのムーブメントを手に取って軽くリューズを回してみると、、、なるほど何回か巻いたところでカリッと滑る。
「あー、、なるほどね。」
原因は、明らかだった。
通常、巻き上げ中の滑りの原因になる要素を挙げると、、、クラッチになっているキチ車とツヅミ車の歯の欠損や摩耗、それらを押し付けているカンヌキのテンション不足、裏側でキチ車と90°に噛み合う丸穴車の摩耗や固定不良、それでもなければ巻き芯の寸法・形状の不良といったところが大半で、ゼンマイ自体が原因になることはまずない。
このインターの場合、それ自体がテンションスプリングを兼ねている一体型のカンヌキの根本がちょっと削られていて、明らかにテンションが弱い。
だから巻き始めのうちは平気だけど、ゼンマイが巻き上がってきて抵抗が強くなってくるとクラッチが離れ気味になり、滑りが出る。
ちなみにカンヌキが削られた理由に関しては考察する必要があるが、、、この時計の場合、欠損したカンヌキを誰かが新規で製作し、その強さを調整してゆく段階で、削り過ぎたというのが正解に思えた。
「お前、これ、何が悪いか分かるか?」
この春で4年目に入る佐々木が、それをどう理解しているか?
私にとっては巻き上げの不調より、そこが問題だった。
「あー、これ、巻いてくとだんだん離れてくのは、カンヌキが弱いですよね。 ちょっといじってあるみたいですし。 それに、キチやツヅミは特に減ってないですから、そこだけかと。」
正解。 内心ホっとした。
「そうだな。 で、どうする?」
「うーーん、タガネで叩いて少し曲げればなんとかなりそうなんですけど、でも結構汚くなっちゃいそうで、、それに後々折れたりしたら困るから、やっぱり作り直した方がいいのかなーと。 またちょっと時間掛かかっちゃいますけど、、へへへ。 」
「そうだな。 まあいいよ。 1時間くらいは仕方ない。」
「えーーっ!、、1時間はちょっと、、。 せめて3時間くらいは掛かるかと、。」
もちろん、これは冗談だ。
生の鋼の板から形を削り出し、ネジ穴をもんだりしてから、焼き入れ、焼き戻し。
青焼きになった部品を研磨しつつ、適度なテンションになるようにまで太さを慎重に削り込み、、視覚的にも周りの部品と違和感がないように仕上げる。
これを真面目にやったら、1時間で終わるわけがないのだ。
「ハハハ、嘘だよ。 そのかわり、後から作り直した感じの部品にならないようにな。 懐中時計の高級品みたいに、ガンガン磨いて面取りしたら周りと合わなくなっちゃうから。」
「あー、、、わかりました。 」
「おつかれさん。」 「おつかれさまー」
閉店時間になると、他の連中はみんな帰っていった。
「おう、どうする? お前も今日はもう上がるか?」
「あー、、ボクは、もうちょっとやっていきます。 もうちょっとなんで。」
カンヌキが出来上がったのは、翌日、つまり昨日。
自分勝手に仕上げ過ぎていない、つまり、もっと磨きたい、もっと手を入れたいという気持ちを抑えたカンヌキは、、、周りの部品とうまく調和していた。
「どれどれ。 ちょっと、巻かせてみ。」
ジリジリジリ、、「うん、いいな。」
たかが3年。
でも、石の上にも3年という。
指先に伝わる小気味よいテンションを感じながら、、、私はひたすら、3年という時間を考えていた。