「いつもお世話になっております。 ○-エンスの山田ともうしますが、代表の中島さんおられますか?」
パソコンの前で昼飯を掻き込んでいるところに、若い営業マンから電話が入った。
普段、忙しい時に掛かってくる営業電話には 「俺は接客中だからと伝えて」 ということで私は出ないことが多いのだが、、、悪いことに?自分が出てしまった格好だ。
「ああ、どうもお世話になってます、中島ですよ。」
うちではそのメーカーの測定器を使い始めて三年ほどになるが、電話の目的は新型機種の宣伝以外に思い浮かばなかった。
ちなみにこれは測定器の話しで、今導入を検討している切削機とは別の話。
小さな歯車みたいに、ノギスやマイクロメーターでは測りにくい品物の寸法を測定するデジタル測定器。
平たく言えば 「超高級なものさし」 と言ったところだろうか。
「どうやら新型のご案内ってことですね? ああ、やっぱり。 でもねー、うちはまだ今のやつで間に合ってるからね。 え?ご挨拶だけでも? いやー、それだけのことでわざわざいらっしゃっても無駄足させちゃうから、今回はいいですよ。」
本当を言うと、今の測定器にはちょっと不満があった。
常日頃岩田は 「ホントこれ、頭にくるなー。 はっきり輪郭が写らないところは自分で線が引けるようになってればいいのに。新型が出たら絶対できるだろーなぁ。」 なんてこぼしていたのだ、。
でもそうかといって、うちには600万円もする測定器を3年ごとに入れ換える余裕はない。
「まあまだこんな世の中だしね、、また景気が戻ったら連絡させてもらいますよ。」
あくまで感じは悪くはならないように、でもキッパリと断った、、つもり。
しかし、要りませんといったくらいでハイそうですかと引き下がっていたら、営業マンは勤まらないのだろう。
ましてや、新入社員の初任給が日本一高いなどと言われているトップメーカーだけあって、なおさらしぶとい。
「実は社長、、そのコロナでダメージを受けている企業の設備投資への支援策ということで、新たに経産省が出した補助金があるんですよ。ご存じでしたか?」
「うん、まあそういう話しはきいてるけど、。」
実際に知ってはいたし調べてはみたが、申請の要項がなんともややこしく、諦めたのだった。
「その件だけでも、ちょっとご説明差し上げておきたいので。」
なんて話しているうちに私の悪い癖で 「それじゃあ、まあ、話だけでも」 ということになり、、、結果から言えば、翌週に訪れた営業マンにうまく丸め込まれ、新型の測定器にリースの切り替えをすることになったのだった。
話しはそれるが、私は断るのが苦手だ。
別に親切なわけではないのに、、、昔から何かと頼まれたり持ちかけられたりすると断りきれず、ついつい話しに乗ってしまう。
そしてこれは、おそらく遺伝的なものだ。
まだ高校生だったある日のこと。
オフクロがやっていた小さな店に小遣いをせびりに寄ると、大きなずだ袋を肩から下げた船員風の男が入ってきた。
ホントだかウソだか知らないが、、北極から帰ってきたところで金がないから買ってもらいたいものがあるという。
おもむろにずだ袋から引っ張り出したのは、大きなシロクマの敷物?
それも2体あった。
バンザイをするような形でペッタンコになったそのシロクマは、えらく大きい。
それに白い剛毛がフサフサで、毛皮だけでもずしりと重い。
その船員風は、「めったにないもんだ」 とか 「凄い価値がある」 とかいいながら、しきりにオフクロに勧める。
たしか一枚が5万円だったような気がするが、もしかしてそれは二枚分の値だったか?
いずれにしても、さすがにこんな怪しげなものは買わないだろうと思いながら見ていたのだが、、。
最初こそ 「置くところがないから」 とか 「うちにお金はないし」 とか言って断っていたオフクロは、、「北極なんて大変ねー」 「白クマなんて珍しいわよね」 なんて感じにだんだんと軟化してきて、、、気がつけば、店のお金をかき集めるようにして二枚とも買ったのだ、、。
小遣いをせびりに寄った私は、すっかり当てがはずれた格好に、、。
でも結局、私がうちに担いで帰った二枚のシロクマ?にはうちの飼い犬が猛然と襲いかかるので速攻で押し入れ行きとなり、、それ以来、ほとんど見ることはなくなった。
「こんにちはー。」
驚くべき早さで測定器が納品されたと思ったら、今度は導入を検討している切削機械の件で、サッシ屋がやって来た。
切削機械でサッシ屋??
実は機械の寸法が大きくてそのままでは店に入らないから、入り口の自動ドアを取り外して入れるか、もしくは私の後ろの大きなガラス窓を外して入れるか、その見立てをしに来たのだ。
結局、自動ドアをモーターやレールごと全部取り外すのはかなり大ごとになるから、やるならガラス窓の方とのアドバイス。
それですら、外したガラスを再利用できず職人が何人かでやっと運べる大きな一枚物のガラスを取り換えることになり、結構な費用が掛かるらしい。
まったくこの春はお金の掛かることが連発で、、オヤジは頭が痛いのだ。
(続く)