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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「マサズ劇場」 その20 PCR

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5月もあと僅かになり、例年よりちょっぴり早い梅雨入りを迎えた。
 

サラっとしていた空気はモワッとした湿り気を帯びて、時計や機械にとっては一番危険な季節の到来だ。

 

新人のSSコンビ(清水 篠原)の研修も、もうすぐ3ヶ月目に入るところ。

もう一月を無事に乗り越えれば、7月からはめでたく本採用となる訳だ。

 

 

「このケース、どこまでやったらいいですかねー?」
 

「うーん。 まだいくらか緩やかな凹みも残ってるから直して。 そしたら完成かな。」
 

清水に渡した鍵巻きのエルジンは、銀塊のようにズシリとした立派なシルバーケースだ。

 

蝶盤の交換、その他結構リスクの高い内容の修理が見込まれていたから、ヘタをするとまともに直らずお釈迦になるかと覚悟していたが、、、どうやらいい感じに仕上がり、胸を撫で下ろした。

 

ケースを完成させた清水はその後機械の修復に着手したが、、、こっちの方も磨耗した天真の製作、アンクル芯の入れホゾ、錆びたヒゲぜんまいの交換、割れたシャトン付き穴石の交換など盛りだくさんで、、ある意味研修としてはピッタリな内容。
 

しかしこちらも無事に全てが終わり、ヤツの 「研修生スペシャル第一弾」 としてホームページに掲載した。

 

一方、先日、研修生スペシャル(HAMILTON)第一弾のご注文をいただいた篠原の方は第二弾のウォルサムを完成させ、現在、鎖引きのイギリス時計の修復に入っている。
 

こいつは150年前の本格的なアンティーク時計で、、言ってみれば、本人は見たこともないタイプの時計。

 

研修としてはかなり難物の部類で、天真や石の交換といった一般的な内容以外にも、フュジーのシャフト研磨やラチェットホイールの目立て、リベットのギクシャクしたチェーンの手入れなど、およそ学校では習わない作業を必死でやっている様子だ。

 

辻本は遅めのゴールデンウィーク休暇に入り、岩田は現在、トゥールビヨンの懐中時計ムーブメントの試作の続き。

 

そして私はと言えば、、、独立秒針の懐中時計、ミニッツリピーター、カレンダー付きのバージウォッチの精度調整が思いのほか長引いているところに、雑誌の取材や店の決算なんかが重なり、、、連日イライラ。

 

なんだか、やることなすこと途中で引っ掛かり、ちっとも進まない。

 

まあ特段珍しいことではないのだが、、、今回は他にも新しい機械の導入に関して搬入の方法で引っ掛かっていたりして、とにかく気分がスッキリしなかった。

 

 

そんなイライラがマックスに達していた先週の土曜日、 「中島さん、、ちょっとすみません。」 

 

なんだか言い出しにくそうに、佐々木が近寄ってきた。

 

「ん? なんだ、どうした?」

 

「中島さん、、 佐々木君、なんか調子悪いみたいですよー。」

 

本人が言葉を発する前に、後ろから寺田が言い出した。

 

 

「ん? 調子悪い? そういやぁお前、このとこなんか咳してたな。 ちょっと待てよ、熱はあんのか?」

 

「いやー、、たぶん熱はないと思うんですけど、、、なんだか喉が痛いし倦怠感もひどくて、。」

 

「熱、計ってみろよ。 ほら」

 

救急箱に入っていた体温計を取り出し、うなだれる佐々木に渡した。

 

 

「どうだ?」

 

「うーーん、、36.8度ですね。 ちょっとあるかな?」

 

「おーっ、やべーじゃん。 コロナだ!」

 

すかさず横で岩田が茶化すが、、笑えない。

 

「お前、平熱は何度だ?」

 

「オレ、平熱低いんですよ。 いつも35度ちょっとくらいで。」

 

なるほど、どうりで佐々木は暑がりなわけだと納得したが、、、今はそれどころではない。

 

 

「寺田くん、吉祥寺でPCR検査やってるところみつけて予約して。」

 

「分かりました!」

 

必死になって電話を掛ける寺田、、、しかし、「あー、そうですかー、、」 という残念な声が続く。

 

「なんだ、やってないのか? 南町病院は? あそこは総合病院だぜ。」

 

「あそこも、熱があるなら来ないで下さい、でした。 他も同じか、今はやってません、とかばっかりです。 もう少し掛けてみますけど、、。」

 

「なんだよー、、ったくなー。」

 

 

幸い吉祥寺中の病院に電話を掛けて、一軒だけ受け入れてもらえるところがみつかった。 

 

「よし。 お前、このままPCR検査やったら、帰って休んでな。 しばらく休んでいいから、結果が出たらすぐに知らせてくれ。」

 

「わかりました。 すみません、、。」

 

 

どうしたもんかなー、と思案しながら時計をいじっているところに、検査を終えた佐々木から電話が入った。

 

「今、検査終わりました。 でも結果が出るまでには2~3日掛かるらしいんですよ。。」

 

「そうか。 まあ、それは分かり次第っていうことでいい。 調子はどうだ?」

 

「なんだかさっきが怠さのピークだったみたいで、、今はそんなにキツくないんですけどねー」

 

幸い熱は下がり、具合は良くなってきているらしいが、、。

 

「万一呼吸が苦しくなってきたら、夜中でもなんでも知らせろよ!」

 

 

「ヤベーなー。 もし陽性だったら全員感染かなー」

 

さすがにみんなちょっと心配そうだった。

 

万一陽性が確認されたら、それこそ全員検査、店は当分休業、場合によっては、店の消毒、時計の消毒?という騒ぎになる。

 

そしてもっとも気が重いのは、、、その間に来店されたお客様に、その旨をお知らせしなければならないという点。

 

最悪のケースに対して心の準備をしていた私は、、、正直、気が気ではなかった。

 

 

翌日、翌々日が定休日だったのは、まだ幸いだったか。

 

「ということで、、ちょっと何とも言えないから俺の近くにあんまり来ない方がいいぞ。 洗面台のタオルも別にするよ。」

 

カミさんと娘達にそう言うと 「えーっ、今更ー?  もう遅いんじゃね? 笑」

 

人の気も知らないで、、3人とも笑っている。

 

 

まあ確かに、、、私は普段から普通に通勤しているんだし、次女も電車に乗って高校に通学している。

 

それにもしすでに店でコロナが蔓延していたとすると、今更気を付けても手遅れだろう、。

 

しかしそうは言っても、、、。

 

 

悶々として過ごした日曜日、そして月曜日の午後。

 

犬の散歩で裏山に入っていたら、、、ピンポーン。

 

スマホのラインに、赤丸がついた。

 

あ、佐々木からだ。

 

 

「検査結果、やっと出ました。 陰性でした。 ホント、良かったです。 ご迷惑おかけしました。」

 

助かった、、。

 

速攻でグループラインに知らせを送った私は、、、犬たちと一緒に全力疾走したのだった。

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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