「マサズ劇場」 その10
「中島さん、どうですかね?これ?」 しばらくギョーシェマシンにへばりついていた辻本が、小さな銀盤を持ってきた。 そこには、無数の格子模様が彫ってある。 「ん、、ちょっと待った、よく見えないから。 キズミ、キズミはと、、」 「あ、首に付いてますけど、 笑」...
View Article「マサズ劇場」 その11 パワハラ
「おーし、いくぞ。そっちしっかり持ってろよ。せーのっと。」 「あ、ちょっとまって下さい、ちよっと、あ、っと。」 反対側を支えていた佐々木があたふたした 「なんだよ、若いのに情けねーなー。 もっと気合い入れねーと。 ほら、いくぞ。 せーの。」 2つ並んだギョーシェマシンの重量は、それぞれが裕に100キロを越える。 おまけに土台に比べて頭が重いから、いい加減に動かすと倒れる恐れがあって危ない。...
View Article「マサズ劇場」 その12 若返り
「すみません、、」 店の台所でコーヒーを落としたら、ドアの隙間に銀縁眼鏡の顔がひょっこりのぞいた。 「中島さん、ヒコから展示会の案内が来てますけど、どうしますか?」 「あ、研究生の卒業作品のやつね。うん、行くつもりでいるよ。 寺田くん、予約しておいて。」 ヒコとは、ヒコみづのジュエリーカレッジ、渋谷にある専門学校のこと。...
View Article「マサズ劇場」 その13 修理の状況
暖かくなったなーなんて思いながらマフラーを外せば、翌日には北風が吹いて冬の気温に戻る。 しばらくそんな三寒四温が続いていたが、今週に入って気が付けば桜も一気に満開。 ようやく待ち焦がれた春がやってきた。 それはいいとして、、このところ店でちょっと気にかかることがあった。 懐中時計の修理をお持ちになった方から 「腕時計もあるんですけど、、どこか修理してくれるところご存じないですか?」 と聞かれ...
View Article「マサズ劇場」 その14 研修
「おはよう」 「おはようございます」 店に入ると、いつもより人が多い。ああそうか。 いよいよ新人二人の研修が始まったのだ。 研修と言っても特に決まったカリキュラムがあるわけではなく、仕事の中から彼ら向きのものを選んで、どんどんやってもらうスタイル。 注) 間違っても研修中にお客さまの時計をいじらせたりはしませんので、その点はご心配なく。...
View Article「マサズ劇場」 その15 郷愁
新人研修が始まって、一週間が経った。 「こんな感じでどうですかね?」 「どれどれ、、ちょっと見せて」 篠原の持ってきた 「ポーカー&ビートル」 の針は青焼きが入り、一応完成の形。 ポーカーは暖炉の火かき、分針はカブトムシの脚。 18世紀の英国時計に多い針の組み合わせだが、欧州の時計にもいくらかある。 針はそれなりに出来あがっていたし、青い焼き色も、ちゃんと合っていた。...
View Article「マサズ劇場」 その16 研修スペシャル
新人研修も三週目に入り、店の様子はそれとな日常化してきた。 研修の篠原と清水がそれぞれの課題に没頭し、私を含めた周りの人間もそれまでと変わらぬ仕事の進め方に戻ると、あたかも前からこの形だったような感じすらしてくる。 清水に渡していたオートマタのプロジェクトは、一時中断していた。 時計を逆さにした 「ウサギの月見」 の案はなかなか良かったのだが、風に揺られる稲穂の動きがどうもピンと来ない。...
View Article「マサズ劇場」 その17 強行突破
「辻本くん、背の高いところでちょっと頼むよ。 このメジャーーの上の方、持ってて。えーっと、えー、、250。 うわ、250㎝ ピッタンコかー!」天井の高さを測った私は、ちょっと気重になった。 250センチは、導入を検討している機械の高さとほぼ同じ。。 「ピッタリで設置できるかなぁ。 かといってここ以外は置場所ないんだけど。。」 考えていたスペースの天井には、ちょっとした梁が出ている。...
View Article「マサズ劇場」その18 覚悟
「うん、、、いいな。 じゃあそろそろ紹介しようか。」 篠原がレストアしていたハミルトンの懐中時計が、今日、ようやく完成。 今年の 「研修生スペシャル」 第一号は、ウエブサイトにアップされた。 実際に篠原に最初に任せたのは、300年物のクロックウォッチの針製作だった。 でもこっちの方はあくまでも針の製作だけで、時計全体のレストアをしたわけではない。...
View Article「マサズ劇場」 その19 遺伝子
「いつもお世話になっております。 ○-エンスの山田ともうしますが、代表の中島さんおられますか?」パソコンの前で昼飯を掻き込んでいるところに、若い営業マンから電話が入った。 普段、忙しい時に掛かってくる営業電話には 「俺は接客中だからと伝えて」 ということで私は出ないことが多いのだが、、、悪いことに?自分が出てしまった格好だ。 「ああ、どうもお世話になってます、中島ですよ。」...
View Article「マサズ劇場」 その20 PCR
5月もあと僅かになり、例年よりちょっぴり早い梅雨入りを迎えた。 サラっとしていた空気はモワッとした湿り気を帯びて、時計や機械にとっては一番危険な季節の到来だ。 新人のSSコンビ(清水 篠原)の研修も、もうすぐ3ヶ月目に入るところ。もう一月を無事に乗り越えれば、7月からはめでたく本採用となる訳だ。 「このケース、どこまでやったらいいですかねー?」 「うーん。...
View Article「マサズ劇場」 その21 継承
「そんでな、地下室には時計旋盤の親玉みたいなケース旋盤があって、そいつにはデカイ木のペダルがついてんだ。先々代から引き継いだやつで、100年ぐらい前のやつだっていってた。もっとも30年前の話しだから、今じゃあ130年ってことになるけどな。」 「へーー。」 「古いっすねー」閉店後の店で、私は若い連中に昔話しをしていた。...
View Article「マサズ劇場」 その22 調和の極致
「どうだ? もうそろそろ完成か? なんたって、研磨は俺に任せろ、だもんなw」 顕微鏡の前で仏像のようにかたまっている佐々木を見ていて、私はちょっとからかいたくなった。 「いやいやいや、、まだまだ始めたばかりですから。 へへへ、でも、思った以上に大変ですねー。」 岩田のTourbillon懐中時計ムーブメントは、既に3つ目の試作が完成している。 一つ目のより大幅に薄くなった二つ目。...
View Article「マサズ劇場」その23 空白の時間
「お、、キタ!」 それまで静かだった竿先に、明らかなアタリがあった。 「よし!」 反射的に竿を持ち上げると、思いの外ズッシリとした重量感が伝わる。 「お、デカイな。 なんだ? おーおー、ヤバイヤバイ!」 リールのハンドルをグリグリと回して巻き上げても、、反対にズズズズーっと糸が出ていってしまう。 慌ててドラグを絞め直すが、、あんまり絞めたら糸が切れちゃうのだ。...
View Article「マサズ劇場」 その24 パテックフィリップの時計
「おーい、パテックの調子どうだ? 」 精度試験の状況を聞きに行くと、研修生の篠原は、ちょっと戸惑い気味に言った。 「ええ、、なんか、いいんですよねー。 研修だから天真も作り直した方がいいのかなと思ったんですけど、、精度がいいし、姿勢差も小さいんですよ。 でもやっぱり、、やった方がいいですかね?」 「アガキはどう?」 「アガキは小さいです。」 「ホゾの状態は? 擦れた跡があったりしてない?」...
View Article「マサズ劇場」その25 文字盤三昧
「ジージー、ジージー」 長かった梅雨が明け、蝉の声が騒がしい。 そしてドタバタしながらも、東京オリンピックが始まった。ずっとトゥールビヨンの部品仕上げばかりやってきた佐々木も一旦手を止め、通常の時計修理に戻った。 というよりも、そのまま使う予定だったアンティークムーブメントの歯車がどうにも気に入らないから、岩田が全て新規で製作することになったのだ。...
View Article「マサズ劇場」 その26 東京オリンピック
「よしっ、あと一本。 美誠ちゃん、サーブ焦るなよ、。 最後まで慎重に!、、 あ、、やったー、よっしゃーーっ!!」 「ワンワン、、ワンワン!」 「ねぇー、もうちょっと静かに観てよー。 麦とホップ(我が家の犬たち)がびっくりしてる!」 普段はテレビ嫌いの私が、連日テレビの前に釘付けになっている。 開催前にはなんだかんだと言っておきながら、、、一度始まると、オリンピックにガッツリはまってしまった。...
View Article「マサズ劇場」 その27 夏休み
オリンピックに夢中になるうち、気が付けばもう8月。 夏休みの時期になった。 マサズパスタイムには夏休みやお盆休みの休業はないけど、スタッフはそれぞれ交代で一週間の休みを取る。 書き込みだらけのカレンダーを見たところ、、子供のいる岩田や辻本は、お盆の頃。 コロナのせいで帰省できない連中は、概ね9月に入ってからの予定。私はその合間を縫って、細切れに休もうと考えている。「おはようございます。」...
View Article「マサズ劇場」その28 ケチ
「中島さん、二点上がりました。 よろしくお願いします。」 「オーケー。 あとで見るから置いといて。」 「ボクも一点あります。」 「ほい、了解。」 いつものように、真下と佐々木が、整備の完了した時計を置いていった。 整備後の精度試験は、だいたい2~3週間やる。 特に問題がなければ、それが終わったタイミングで一度私が目を通し、納品のご連絡というのがいつもの流れ。...
View Article「マサズ劇場」その29 ゴールの輪郭
「ああ、そうですか、、まあ、しょうがないですね。 わかりました。 じゃあ。」 機械メーカーに電話していた岩田の顔が、曇っている。 どうやら先方も、部品メーカーからなかなか部品が入ってこないとのことで、うちが注文した工作機械の納品が延びるようだ。 もう一台、別メーカーに注文してある機械の方も、ほぼ同様の状況。...
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