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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「マサズ劇場」 その22 調和の極致

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「どうだ? もうそろそろ完成か? なんたって、研磨は俺に任せろ、だもんなw」
 

顕微鏡の前で仏像のようにかたまっている佐々木を見ていて、私はちょっとからかいたくなった。
 

「いやいやいや、、まだまだ始めたばかりですから。 へへへ、でも、思った以上に大変ですねー。」

 

岩田のTourbillon懐中時計ムーブメントは、既に3つ目の試作が完成している。
 

一つ目のより大幅に薄くなった二つ目。
 

その二つ目に、ブリッジの形状やダイアル側のレイアウトの変更を加えた三つ目。
 

基本的にはこれが完成形なのだが、部品はまだ削り出されたままで、表面がざらっとしている。

 

「秋田の研磨屋さん、これ、一通り仕上げといて。」
 

そんな感じで佐々木に任せたのは、単なる思いつきではない。
 

閉店後の店でよく研磨の練習をしていて、特にアンクルのツメ石の研磨など 「おっ」 と思うような結果を出していたからだ。

 

手始めは、Tourbillonのケージ、及び脱進機周りの部品。
 

まずはアンクルから手を付け始めたが、、岩田の設計したアンクルはかなり特殊な形状をしていて段差が多く、研磨がしにくい。
 

「ははは。 これだと、作るより仕上げる方が時間掛かるな。」
 

顕微鏡に向かって再び固まり始めた佐々木を見て、、どうやら岩田が言っていた通りになりそうな気がしてきた。

 

「おい、このルイ針、やってみるか?」
 

研修生スペシャルが一段落した清水に、パテックフィリップの懐中時計を見せると、「あ、やってみます!」
 

無邪気に嬉しそうにしているが、、、K18の板から厄介なモチーフを削り出し、彫り込み、磨いて仕上げるこの針の製作は、かなりの難題だ。
 

 

「よし。 ヤル気があるなら、辻本君に段取り聞いて進めてみな。 ムーブメントの方は、篠原くん担当で。」
 

「わかりました。」
 

高級時計のムーブメントを受け取り、篠原の方も気合が入ったようだ。

 


このところ、仕事の仕方がちょっと変わってきた。

 

これまでは、基本的にそれぞれが最初から最後まで受け持って仕事を完結させる、というスタイル。

 

もちろん文字盤の製作やケースの修理なんかは辻本がやるのだが、、少なくともムーブメントの修理に関してはそうだったし、それが最良な方法であることは疑う余地がない。

 

何故なら、時計の状態を観察して全体の処置を計画してから先、個々の処置は、全てお互いに関連してくるから。

 

これをいちいち人に説明して作業を分担すると大変な労力と時間が掛かるし、結果も劣る可能性が高いのだ。

 

 

でも時計をゼロから作る場合、それはちょっと違ってくる。

 

時計の全体像をイメージして、外観をデザインする仕事。

 

それに合致した機械やケース、文字盤を設計する仕事。

 

設計に沿って、部品を作る仕事。

 

出来た部品を仕上げる仕事に、組み立てた時計を最終調整する仕事。

 

ざっと考えただけでもこれだけの仕事があり、それぞれに別の適性が存在する。

 

 

これを何人の人間でやるかは、好みの問題だろう。

 

たった一人で全てやれば、いわゆる 「独立時計師」。 

 

反対に大人数でやっているのは、時計メーカーだ。

 

ちなみに、うちみたいな少人数で作る時計は、かつて 「コテージ ウォッチ」 なんて呼ばれていた時代もある。

 

 

最近気が付いたのだが、、私が描く 「マサズ パスタイムの理想のイメージ」 は、、20代の頃に通ったハリウッドの小さなライブハウス(Baked Poteto)にあるようだ。

 

音楽好きなわけでもないのに、そこの一見さえないレギュラーバンドの演奏を見るのがとても楽しみだった。

 

 

これ以上太れないというほどデカい、ピアノのおじさんがリーダー。

 

演奏が始まると、完全に目が飛んでしまうドラム。

 

ミュージシャンらしくない、生真面目そうなサックス。

 

ベースもギターも、個性溢れる中年メンバー。

 

だいたい何曲かやったあと、リーダーはいつも決まった曲でそれぞれの見せ場を作って長いソロをやらせ、その間、プレーヤーをお客に紹介するのだが、、最後のソロが終わりかけると、いつも間にか一人、また一人と演奏に加わってゆき、どんどん厚みが増してゆく。

 

おじさんたちの顔がみるみる紅潮してゆき、しまいにはこのまま倒れて死んでしまうんじゃないかというような激しい演奏、圧倒的なハーモニーが出現。

 

ビールを片手に目の前で見ている私には、その調和の極致がとてつもない戦慄となって、背筋を駆け抜ける。

 

それが好きなのだった。

 

 

それぞれが、自分の最も得意とする部分を受け持ち、誇りを持って仕事する。

 

この仕事に関しては、人に負けない。

 

でもあっちの仕事に関しては、アイツ凄いよなーと、お互いに認められる。

 

 

そして全員の仕事が究極に噛み合った時、、、出来上がった品物は、見る人に戦慄を与えるに違いないのだ。




 

 

 

 

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