「ああ、そうですか、、まあ、しょうがないですね。 わかりました。 じゃあ。」
機械メーカーに電話していた岩田の顔が、曇っている。
どうやら先方も、部品メーカーからなかなか部品が入ってこないとのことで、うちが注文した工作機械の納品が延びるようだ。
もう一台、別メーカーに注文してある機械の方も、ほぼ同様の状況。
コロナの影響下、トヨタ自動車ですら9月の減産が報道されてるくらいだから、、、まあ仕方ないのか。
それにしても、時間が掛かるなぁ、、。
せっかちな私は、イライラしっぱなしだ。
工作機械の追加導入は、今年の初めくらいから検討していた。
何年も前からずっと始めては止め、始めては止めを繰り返していたオリジナル時計の製作プロジェクトを、いよいよ進めることがその目的だ。
この春、時計の製作実績のある新人の篠原と清水を加えたのもそのためだし、本人たちもヤル気になっている。
しかし現状、店の2台の工作機械は岩田の仕事でいつも稼働しているから、新人たちをはじめ、他のスタッフが使う余地はない。
そんな訳で、長いこといろんなメーカーの機械を見に行ったりテストさせてもらったりしてのだが、、結局、スペースや作業性、騒音の事などを考慮して、うちで実績のある同型機と、その他一台の機械を注文したのだった。
これで、みんな仕事の幅が広がる。
新人たちだけではない。
これまで電子制御の機械工作をいじってなかった佐々木や真下も、放課後(?)にCADやデータ製作の勉強を始めていた。
そんな中、、肝心のモノが来ないとは、、。
もっとも、時間が掛かっているのは機械だけじゃなくて、材料もだった。
直径30mmのパスタイム オリジナルムーブメントは、、プロトタイプがほぼ出来上がっているのに、穴石とツメ石、ヒゲゼンマイを一定数入手するのに手間取っている。
既存の汎用ムーブメントをベースにすればその苦労からは解放されるのだが、、、独自のムーブメントとなると、そうはいかない。
連日のようにスイスの連中をせかすも、「8月末まで夏休みです」 なんて返信があって、、「あーーあ」
今年初めにプロトタイプが完成した、懐中時計のトゥールビヨンムーブメントの方も同様。
こっちのルビーは夏休み前に入ってきたが、、受け板の一部の材料が入ってくるのは、10月初旬の見込み。
細かい部品の仕上げは佐々木が済ませてあるのに、、、最初の一台が作れなくて、悶々としている状態だ。
まあしかし、どうにもならないことを嘆いてみても始まらない。
それよりも、今のうちに店の中をしっかり整理して、新しい機械や材料が来たら、一気に仕事を進められる準備をしておくべき、ということで、、
「よし。 昼飯食い終わったらやるぞー!」
意気込んで、昨日の昼過ぎに店の模様替え?を始めたはいいが、、。
「まずはー、、、そこにある本棚を全部空にして、応接スペースに移動して、、、空いたところに、奥の部品棚を持ってって、、」
「えーっ、。 その棚、両方ともですかー?」
「うん。 もちろん。 でないと、場所が空かねーもん。」
確かに、部品棚と言っても土台にコンクリの塊が入っていて、、、メチャクチャ重い。
傾けて中の部品がこぼれたりしたらまずいし、そのままではちょっとやそっとで動かないから、中身は全部出してからやらなきゃいけない、、。
「おい。 篠原くんは力自慢か?」
「ははは、中島さん、、篠原くん、ガリガリですよー」
寺田が、篠原を指さして笑っている。
「ははは。 ボクは、力無し自慢なんですよ」
「おい、ほら、新人2人、こっち持って。 真下くんと佐々木くんは、あっちの本棚任せた。 あ、寺田くーん、すぐに使わない部品やなんか、全部スタッフ部屋にまとめて。」
「え、スタッフルームですか? もう一杯で置き場所ないですよ。 捨てるものを少し捨てないと、。」
「そっか、、よし。 それじゃあ、ついでにそこも片付けて。 廃品回収車手配して。」
「ひえーっ。」
自分の作業台についているのは、作品の納期が迫っているエングレイバーの辻本のみ。
途中、何人かのご来店があってしばし中断したが、、ほぼフル出動で6時間。
とりあえず店の前方半分は、それなりに恰好がついた。
でも、、本当の問題はここから、、。
うちには、過去30年のあいだに積み上がった時計の部品が大量にある。
かつては、年に何回も買い付けに行っては、「あ、ウォルサムの部品だ、とりあえず買っとけ。」 みたいな感じでせっせと溜め込み、ろくに整理しないまま箱は積み上がり、、。
いつかやろう、と思いながらそのまま、っていう、ルビー、歯車、ネジ、その他諸々の無数の部品の箱が、いたるところに山積みなのだ。
いつかはやる、でもいつだ?
「イマでしょー!」
「 ええーい。 いったれー」
片っ端から箱を開け、細かい部品の選別を始めたのは、夜になってから。
当然、翌日に持ち越しになった。
そして今日。
「岩田さん、これ、なんですか?」
「ん? あー、そりゃ、エナメル文字盤の脚をロウ付けする時のロウだよ。 使わねーから要らねー。」
「中島さん、こんなの入ってますけど、どうします?」
「あー、それはもういいかな。 クロックのブッシュだから」
寺田以下の若手たちは、まだ古い時計の部品に完全には精通していないし、山積みになっていった経緯も知らない。
だから箱を開けたり、小さなカプセルから部品を取り出したりするたび、いちいち私や岩田に聞かなければならないのだ。
気が付けば、いつのまにかみんな床で車座になり、カプセルをガチャガチャ。
「お、やった。 ヨツバネがたくさん出て来た!」
「お、いいね。」
「こっちも、ルビーがごっそり入ってますよ! 」
なんだか、宝探しをしている様相になってきた。
「あ、そうですか、トラック一杯で2万円くらいですね。 え、見てみないと分からない? まあ、それでいいです。 それじゃあ、火曜日にお願いします。」
寺田は、廃品回収の手配や、ゴミの整理で何かと忙しい。
「お疲れさま~」
「お疲れさん。 また来週よろしくね」
アルバイトの真理ちゃんが、帰り支度を終えた6時過ぎ。
「へへ。 だいぶん終わりが見えて来たかなー。」
「こっちはもうすぐ終わりそうですよ」
真下や佐々木、それに新人の2人はあいかわらず車座のままだが、部品のケースは、かなり整頓されてきていた。
強引に始めたけど、、、なんとかなったか。
パソコンを叩きながら、私はふと思った。
人数が集まると、結構違うもんだな。
ちょっと前だったら、とてもこうはいかなかった。
この分なら、うちの時計もイケるんじゃないかな。
もう少しの辛抱で、材料も機械も入ってくる。
ずっと夢見てきた 「完全に自社製の時計」
「一生もの」 なんかじゃない。
何代にも渡って、ずっと使い続けられる時計。
ここにいる全員が束になって掛かれば、きっとできる。
本当に長いこと、ぼや―っと遠くに霞んでいたゴールの輪郭が、、、少しだけ見えてきたような気がしたのだった。
(続く)