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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「マサズ劇場」その40 「完全修復」

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「中島さん、修理の問い合わせが来てるんですけど、、」
 

コーヒ一ブレイクを終えて台所から出てくると、寺田がパソコンの画面を指差して言った。
 

「ん? どれどれ、、」
 

文面にざっと目を通すと 「MPグレードでの修復希望」 となっていて、時計の画像もついている。
 

「なるほど、。」

 

時計は150年ほど前のスイス時計で、中間グレードの金時計。

 

写真を一目見て、内外装ともにかなり傷んでいるのが見て取れた。
 

「うーん。 こりゃあ結構掛かるな、、。」

 

販売商品のグレード分けを始めたのは、確か一昨年だったか?
 

何も整備なし、保証なしで現状販売する 「Aグレード」
 

しかるべき整備を行い、2年の保証をつける 「Rグレード」
 

しかるべき整備の他、ムーブメント、ケース、針などの外観的な仕上げまで手を入れ、精度もより厳しく追い込む 「MPグレード」

当然のことながら、グレードにより同じ時計の販売価格は違ってくる。

 

これはあくまでも販売商品のグレード分けだったのだけど、、去年くらいからだろうか、修理の方でも文頭のような 「MPグレードで」 というような依頼が増えてきたのだ。

 

かつては、「アンティーク時計は動いていればオーケー」 なんて方が多かった。
 

別に毎日使うわけじゃないし、時間の正確な時計はいくらでも安価で売ってるんだから、と。
 

骨董屋さんの啓蒙活動?も効果があったのだろう。
 

露天の骨董市に出店していた若かりし頃 「直してあるから一日一分くらいの誤差で動きますよ」 と言う私に 「アンタはまだ若いから、覚えておいた方がいい。 巻きの時計(機械式時計)はね、5分くらいの狂いは気にしちゃだめなんだよ。」 なんて言う人もいたくらいだ。

 

これが最近では、時計を 「本来あるべき姿」にしておきたい」 という方が増えてきた。

ご先祖様の時計や、オークションで落札した時計。
 

中には他店で買ってきた時計なんてのもあって、対象は様々。

いずれにせよ、うちにとってはやりがいのある仕事なのだが、、いかせんそうなると、かなりお金が掛かるのは確か。

ここに関しては、もう少し説明が必要だ。

 

一般的な修理の場合、私たちが注力するのは時計の機能の回復だ。
 

天真がすり減っていて姿勢差が大きいから天真を作ったり、割れている穴石を交換したり、その時計が正常に作動するという点に主眼を置く。

 

つまり、いわゆる見栄えの部分は勝手にいじらない。
 

 

例えば、受け板にひとつだけ頭の格好が違うネジが使われていてもネジとして機能していれば交換しないし、入れ歯されている歯車があっても、外れてしまいそうな危うさがなければ、そのまま使う。
 

たがい違いの時分針や、凹みだらけのケース、傷だらけの風防も、機能に問題なければ放置。

もちろん 「ネジの傷みが気になるから仕上げ直して欲しい」 なんて伺っている場合は別だけど、そうでなければ勝手に仕上げたりはしない。

 

 

これがMPグレードになると、話はまったく別になる。
 

錆跡や傷みの目立つネジの仕上げや製作に始まり、「入れ歯」 されている歯車は製作、交換。

 

たがい違いだったり、先が欠けて短くなっている針も、全て製作、交換。

 

ケースの凹み直しや傷の仕上げ、緩くなった蓋の修理、ヒンジやリフトスプリングの交換から、風防の交換まで。

 

ムーブメントを担当するスタッフはもとより、外装担当の辻本は大忙しになるわけだ。

 

 

ちなみに、一般的な修理とMPグレードの修復費用の差は、時計の状態によって大きく違う。

 

内外装とも手を入れる余地がない時計なら差はない理屈なんだけど、、、これはまず滅多にないから、MPグレードにした途端、費用が跳ね上がるのが普通だ。

 

もっとも、修理後2年の保証期間中も、経年劣化等で破損した部品に関しては保証外だから、、、その点においては 「落としたり水没させたりしない限り全て保証内」 の販売商品のMPグレードと完全に同じではないが、、。

 

 

「時計、届きました。」

 

あらかじめ、一般修理でも20万円程度の予算は必要とご理解いただいた上で、翌週、時計は送られてきた。

 

思った通り、内外装ともかなり傷んでいる。

 

「よーし、お見積りお見積り、、と。」

 

 

この場合、まずは一般修理での見積り。

 

そのあとで、MPの要素を別個に見積ることになる。

 

「んー。 やっぱり針は3本とも後家さんかー 」 ※ 後年になって取り換えられた部品の意

 

これが入ると、見積もりは一気に増大してしまう。

 

その辺にある針を乗っけて済むわけはなく、全て材料から削り出して作らなければならないからだ。

 

 

ケースもしかり。

 

ちょっと裏蓋が歪んでいて閉めた時の隙間が目立つ、なんてのは、ちょいちょいっと直りそうに思えるが、ところがどっこい。

 

歪みをちゃんと直すためにはヒンジ(蝶盤)のピンを抜いて蓋を取り外す必要があるのだが、、、昔の時計のヒンジのピンは、両端に詰めてあるプラグ(蓋)を取り出して、初めて叩き抜ける構造。

 

取り出したプラグは2度と使えないから、最後には新たに作ったプラグを詰め込んで研磨仕上げしないといけない。

 

ちなみに、K18の時計のプラグはK18なのが標準なんだけど、一度でもヒンジを外された時計は、材料費をケチるためか、真鍮のプラグが突っ込んであることが多い。

 

こういうのも、イチイチ本来の材質でやり直すことになる。

 

 

「こりゃあ、いくらなんでもMPグレードでってことには、ならないだろうなー」

 

時計のお見積を計算すると、一般修理で25万、MPグレードでは137万。
 

念のために何度も計算したけど、、、間違いなかった。

 

「でしょうねー、、。」

 

お見積りメールを打っている寺田も、ウンウン頷いている。

 

 

三桁に達する修理自体は、そう珍しくなくなった。

 

今年になってからも何件かあったし、、でも大抵の場合、それはかなりの珍品か、特別高価な時計なのだ。

 

 

 

「おはよーー」

 

翌日の朝、店に出て来てきた私が上着を脱いでコーヒーを淹れ、台所にこもっていると 「中島さん!」

 

寺田がドアを開け、ちょっと驚いたような顔を出した。

 

「ん? どした?」

 

「昨日の時計、修理なさるそうです。」

 

「そーなんだ。 わかった。」

 

しかし、 「修理をする」 のだと思い込んでいる私に、、、違う違うといった顔をして寺田は続けた。

 

「MPグレードです!」

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

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