「チンチンチン、、、チンコン、チンコン、、チンチンチンチン」
「カンカンカン、、キンコーン」
静かな店の中に、リピーターの音が鳴り響いている。
店の入り口付近で私がやっているミニッツリピーターと、一番奥で岩田がやっているオートマタの1/4リピーター。
どういうわけだか、この春の仕事はずっとリピーター続きだ。
時計に詳しくない方のために説明すると、、、リピーターとは、文字盤と針で時刻を表示する一般的な時計の機能以外に、音を鳴らすことにより時刻を知らせる機能のついた時計のこと。
ちなみに、リピーターにはいくつかの種類がある。
最もシンプルなのは、アワーリピーター。
文字通り、アワー、つまり今が何時台なのかを鳴らす時計だけど、17世紀~18世紀くらいのものにたまにある程度で、少数派。
これは12時1分にスイッチを入れるとチンチンチンチンと12回鳴らすし、12時59分の時も同様だから、あまり細かい時間は分からない。
次に、クオーター(1/4)リピーター。
これは、アワーを鳴らした後、15分単位をチン コンといった連音で知らせる。
例えば12時45分過ぎにスイッチを入れると、最初に12回の単音、それに続いてチンコンという連音が3回鳴る仕組み。
15分を過ぎないと連音はならないから、12時14分だと12回の単音でおしまいということになり 「あー、まだ12時15分にはなってないんだなー」 ということは分るわけ。
この他に、この15分単位の連音に続いて15分の半分、つまり7分半を刻んで単音を鳴らす「ハーフ クオーター リピーター」や、アワーの単音の後に5分刻みで単音を鳴らす 「5ミニッツ リピーター」、、、他にも10分毎にクオーターのような連音を鳴らすものあったりするが、これは極めて稀。
最後に、ミニッツリピーター、つまりアワーの単音の後にクオーターの連音が続き、その後更に分刻みの単音を打つのが一番細かいタイプ。
例えば12時59分にスイッチを入れると、最初にアワーの単音が12回、続いてクオーターの連音が3回、更に追加でミニッツの単音が14回鳴るという仕組みで、、、これだと、文字盤を見なくても、かなり細かく時刻が分る。
どこへいってもそれなりに明るい現代では必要がないだろうが、、、暗闇で文字盤が見えないなんてことが普通にあったはずの昔だと、それなりに便利だったのかも?
いずれにせよ、リピーターは普通の時計の上に更に音を鳴らす付加機能が載せられているから、構造的にはかなり複雑。
いわゆる 「複雑時計」 の一種でかなり高額なものが多いから、、、当時から、実用上のメリットよりもステイタスシンボルとしての意味合いが強かったんではなかろうか。
たてつづけにいくつかのミニッツリピーターをいじりながら、昔のことを懐かしく想い出した。
私にとっての初めてのミニッツリピーターは、今からちょうど30年くらい前。
通い出して間もなかった、シカゴの時計屋で出くわした時計だ。
「マサ、今回もいろいろ買ってくれてありがとう。 助かるよ。」
「どういたしまして。 助かるのはこっちの方ですよ。 わざわざアメリカまで買い付けに来て、いくらも時計が手に入らなかったらホント困っちゃうから。」
「ははは。 ところで次回はいつかな? また3ヶ月後くらい?」
「うん。 今日買った時計が売れてくれたら、たぶんそのくらいにはまた来られると思うんだけど。」
「そうか。 実はこの間ね、、この裏手の御屋敷のおばあさんから、時計の買い取りのオファーがあったんだ。 亡くなった旦那さんのコレクションみたいでね。 近々お邪魔することになってるんだけど、結構いい時計があるみたいなんだ。 」
「へぇー。 そいつはすげーや。 」
「興味あるなら、今度来るまで取っておくよ。 いつ頃来れるかわかったら知らせてね。」
「了解。 そうします。」
3ヶ月程後、シカゴに戻った私は、ちょっと困っていた。
「うーーん。 確かに良い時計だし、欲しいのは山々なんだけど、、。」
「分かるよ。 値段が値段だからね。 実際、私も思っていた以上に良い物が多くて、どうやっても手の届かない時計は他の業者に紹介したくらいなんだ。」
ボブさんが私のためにとってくれていたのは、2点のミニッツリピーターだった。
19世紀末のスイス、Henry Montandon。 大ぶりなK18のハンターケースには全面が手彫りされていて、文字盤にも彫金が施されている。
値段は、$3500。
もう一つも同じ頃の、Louis Brandt。 こっちもK18のハンターだったけど、裏蓋を開けると中がガラスバックになっていて、ブリッジ型のムーブメントが美しい。
こっちは更に高く、$4100。
どちらも今なら特にどうということはない時計だし、値段もありえないほど安いのだが、、、金張りのハミルトンとかブローバなんて感じの時計しか扱ったことがなかった20代の私には、、、あまりに贅沢過ぎた。
それに、買い付けのしょっぱなでこの2点の時計を買ってしまうと、他の買い物に回すお金も心許なくなる。
どーすっかなー、、私のために取っておいてくれた時計なんだから、これで買わないってのはボブさんにも悪いし、、欲しいのは欲しいけど、、うーーん。
「鳴らしてみようか。」
チンチンチン、、チンコン、、チンチンチン
「うわーー、、。 いい音だ!」
「だろ? ほら、こっちも」
チンチンチンチン、チンコンチンコンチンコン、、チン
時計の前で固まっていた私を清水の舞台から蹴落としたのは、、、ボブさんの鳴らした、リピーターの音色だったのだ。
(続く)