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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「マサズ劇場」 その50 ネットの評判

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「そんなやりとりしてるうちに、もういいかげん嫌になっちゃって。。」

ある日の午後、私は初めて来店された女性のお話しを伺っていた。
 

目の前のビニール袋の中には、100年物の懐中時計と、その時計のものであろう部品の入った小袋が見えている。

 

「まあどうしても直らないということなら、それは仕方ないと思うんですよ。 ただ元々は動いていた時計なんですから、せめて元の形に戻してくれたらいいのに。 あー、言ってたらまた思い出してきちゃった。」

どうやら、かなり嫌な思いをされたようだ。
 

 

お話しの大筋は、こういうことだった。
 

一年ほど前にその方のお父様が亡くなり、家族で荷物の整理をしていたら、古めかしい懐中時計が出てきた。
 

調べてみると、それはどうやら曾祖父の時計だったらしい。
 

ためしにリューズを回してゼンマイを巻いてみると、チクチクと音がして、秒針が動くではないか。
 

家族で話し合った結果、せっかくだからちゃんと手入れして使えるようにしようということになり、ネット検索して見つけた修理屋に出したとのこと。

 

しかし、3ヶ月ほど経って先方から来たメールによると、、
 

いろいろとやってみたが、どうもうまく直らない
 

部品を替えれば直るが、古い時計だから部品が見つからない。
 

直らなかったのは不本意だが、自分としてもかなりの時間を費やして作業したので、10000円だけ振り込んでいただきたい、と。
 

 

ほどなく送り返されてきた時計は、ちっとも動かなかった。
 

なにしろ部品の一部は外されたままビニール袋に入っているわけだから、当然と言えば当然。

 

他所の悪口を言うようで少々気が引けるが、、、最近、こういうパターンが非常に多い。
 

「評判のところに出したけど直らなくて」 とか 「保証付きで買った時計なのに、部品がないから無理と言われて」 みたいなことがあったのちに、うちに持ち込まれる時計たち。
 

そういう時計を拝見すると、大概の場合、何らかしらの修理事故や、無理矢理なんとかしようとした悪あがきの痕跡があるものだ。
 

 

ちなみにこの方の時計の場合、ビニール袋に入っていたガンギ車の両ホゾは折れていて、ピニオンごと、青白く焼きなまされていた。
 

ホゾの根元をよく言見ると、切れないドリルで穴開けしようとしてもがいた形跡がある。

 

「ははぁ、、なるほど。」

 

最初からそんな状態だったら時計は一瞬も動いてないわけだから、、事の流れを推測すると、こういうことになる。

 

 

動いていた時計とは言え、ガンギ車のホゾは傷んでいたのかもしれないし、あるいは、組立て中に傷めたのかもしれないが、、そこは分からない。

 

ハッキリしているのは、その修理屋は、新しいホゾを入れようとしたということ。

 

軸の根元、中心に穴を開け、そこに新たな軸をガツンと圧入し、最後に仕上げる、、これを専門的には 「入れホゾ」 と呼ぶ。

 

ガンギ車のホゾを入れるとなると、ドリルの太さは0.1ミリくらいの極細になるが、、、相手は焼き入れされた鋼鉄の軸だから、ドリルの切れがよほど良くないと、充分な深さの穴は開かない。

 

だから昔ながらの修理屋の多くは、、、ピニオン自体に火をかけて焼きなまし、柔らかくしてしまう。

 

この時計のガンギ車のピニオンが青白くなっているのは、その痕跡なのだ。

 

 

問題は、焼きなまされたピニオンは、必要な硬度を失うということ。

 

もう一度真っ赤に熱して焼き入れをしようにも、ピニオンは歯車とかしめつけられていて、そうもいかない。

 

だからみんな焼きなまったままになっているものだが、、、柔らかくなったピニオンは遅かれ早かれ摩耗して、使い物にならなくなる。

 

そもそもこれは 「当面動けばいい」 という、やっつけ仕事なのだが、、、この修理屋の場合、焼きなましてもなお穴が開かず、入れホゾができなかった。

 

結局ギブアップして、時計を返してきたわけだ。

 

 

 

「長らくお待たせしました。」

 

約一ヶ月後、時計は無事に復活し、持ち主の元に戻った。

 

しかし、ガンギ車のカナ(ピニオン)の製作にはかなりの費用が掛かったし、それはおそらく、最初からうちに持ち込まれていれば必要のない出費だったはずだ。

「ありがとうございました。 良かったー、直って。 でもまったくバカみたい。 最初からここに持って来れば良かったのに。 その修理屋さん、なんでも一級時計師とかで、ネットでは評判良かったんだけどなぁ、、。」

 

「まあ、そればかりは出してみないと分かりませんからね。 うちなんか、時計修理でネット検索したら、マサズ高い、とか出てきちゃいますから、 ハハハ笑」

 

「そうそう、本当にそうだったの! 誰がああいうこと書くのかしらねー。 でも私も、それで違うところに出しちゃったんだけど 笑」

 

 

 

確かに、うちの修理費用は他所より高いようだ。

 

だからネットの 「マサズ 高い」 は間違っていない。

 

それ自体はちっとも自慢できることじゃないけど、、でも、それにはそれ相応の理由があるのだ。

 

 

100年も経った時計を、将来に渡って引き継げるようにするには、やるべきことが山ほどある。

 

一見、大した問題じゃないように見えるし、そのままでも時計は動くというような部品の傷み。

 

でもそれを放置すると、数年後には遥かに大掛かりな処置が必要になるし、反対に、今やっておけば、後々ビクともしない。

 

大半の時計が2年~3年ごとに定期整備で戻ってくるおかげで、その結果は皆、はっきり目にしている。

 

 

一つのアンティーク時計に何日も何日も徹底的に手を入れたのち、2年間は責任もって保証しますよ、とお約束する。

 

一度手を入れ始めた時計は、どんなに難しくても、最後まで絶対に諦めない。

 

頑張ってはみたけど直りませんでした、はありえない。

 

 

そういう仕事を数万円程度の費用で請け負っていたとすると、、、今頃、うちの店は無くなっていたはずなのだ。

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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