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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「マサズ劇場」 その45 救い

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「あ、そのGコード間違ってる。 やりなおして。」
 

「あ、そっか。」

篠原のムーブメントは設計が完成して、試作の段階に入った。
 

でもヤツはうちの超小型CNCフライスをろくに使ったことがないから、文字盤の試作その他で慣れている虎太郎が、横について手解きしている。
 

 

削ってみては寸法を計り、もう少し削り進めてはまた計り、みたいな手動式の工作と違い、CNCの工作は機械に対して指令を与え、機械はその通りに動く前提。
 

コンピューターはある意味バカだから、指令の数値が間違っていたら、間違ったまま忠実に遂行する。
 

削りだした品物の寸法が違っているくらいならまだしも、、場合によっては見当違いなところに刃物が突っ込んで、機械自体が壊れる危険もあるのだ。

 

「うん。これは間違いなし。 この寸法もオーケー。 岩田さん、これで大丈夫ですよね?」
 

「ん? なになに? ちゃんと数字は声に出して20回ずつ確認した? 19回じゃダメよ。 20回じゃないと。 大丈夫?」
 

「確認は大丈夫です。 声は出してませんけど(笑) 」
 

「どれー、見してみ。 あー、こりゃダメだわ。 こんなところこのエンドミルで削ったら角がピンピンに尖っちゃうよ。 触っただけで角が潰れるようなムーブメントになっちゃう。 ここはエンドミル替えねーと。」
 

「あ、、、わかりました。」

 

そんな感じで、若手のプログラムが岩田のチェックを通ってから、機械は初めて動き出す。
 

この部分に関しては、目の前にいても、私は口が出せない。

 

最近では、自分が直している時計の部品でも旋盤工作してたら時間がかかるなぁなんて時は 「 ちょっと、これ作っといて」 なんてできるよ

 

うになったから、、、まあそれでいいかと。

 

っていうよりも、本当は私自身が時計をいじらなくて済むようになるのが理想なんだけど、、、面白いからついついやってしまうっていうのが実際のところなのだ。

 

 

世の中は、急速に変わってきている。

 

時計の世界もしかり。

 

 

買い付け先で手回しの旋盤なんか見つけて、嬉々として持って帰ってきてたのは、30年も前の話。

 

もちろんこういう昔ながらの機械は今でも現役だし、充分仕事をしてくれるけど、、。

 

かつては、鋼のバイトが切れなくなったら砥石でシャカシャカ手研ぎして、、、なんてやっていて、結構な時間が掛かったもんだ。

 

それが今のうちでは、滅法硬いタングステンのバイトを、高速のダイアモンドホイールで 「チュイーン」

 

たった数秒で完全な鏡面仕上げの刃物が出来上がるんだから、笑っちゃうほど早いし簡単。

 

 

歯車の製作なんか、もっと劇的に違う。

 

10年くらい前だと、カッターを選び、歯切り旋盤につきっきりで、センター合わせ、セットアップだけでもフーフー。

 

それからインデックスを合わせて試し切り、、センターの微調整、、、また試し切り。

 

ようやく出来上がった歯車の歯先を専用工具で研いだら、、、歯車のスポークを糸のことヤスリで抜いて、仕上げて、なんて工程だった。

 

そもそも作りたい歯車の歯形にピッタリのカッターがある時ばかりじゃないから、無ければ一枚刃のシングルカッターを作るところから始まりだし、。

 

もっとも、今でも私が自力でやるとなると、そういうことになるんだけど、。

 

 

それが今では、悪くなった歯車を持って岩田のところに行けば、いや、岩田が出るまでもない、新人の虎太郎や篠原でも、CNCフライスに指令を与え、自動で歯形もスポークも、加工できる。

 

それに、出来上がった歯車の歯は回転方向に沿って切削されるから、カッターで歯切りしたときのように、研いで仕上げる必要もないのだ。

 

もっとも、機械が進化して早く簡単にできるようになったからといっても、所詮それを動かすのは人間だから、誰がやっても同じというわけじゃないし、相応の技術が要るわけだが。

 

 

そんな中、アンティーク時計の分解・組立や調整、それからトラブルシューティングの技といった分野に関しては、昔とあまり変わっていない。

 

相変わらず、人間がチコチコと手を使って作業している。

 

これをAIロボットにやらせるようになるのは、仮にそうなったとしての話しだけど、、、相当先になるんじゃないか。

 

何故ならアンティークの時計は、厳密に言うと、どれ一つとっても、同一にできていないからだ。

 

 

例えば、製造番号の近い、同じウォルサムのリバーサイドマキシマも、高性能な測定器で各部の寸法を測定すると、かなりバラバラ。

 

地板の厚みなんか、平気で0.1mmくらい違ったりする。

 

パテックなんかでもそう。

 

ある時、文字盤製作のためにパテックの地板を計測していた岩田が  「まいったなー、これ」

 

キーエンスの測定器に載っている地板の各部分の寸法解析を見ると、、巻き芯の中心から90度にあるべき4番車の位置が、1°以上ズレている。

 

元々ついていたオリジナルの文字盤をみると、、案の定、スモールセコンドの位置は、12時の真下から結構ズレているのだ。

 

 

加えて100年も前の時計は、消耗の仕方も、過去の修理作業の仕方も、全てまちまち。

 

やっぱり、こういった時計の修復や調整をAIにやらせるのは、ほぼ無理だろう。

 

 

この先どんなに機械が進化しても、人間の技、経験値に頼らざるを得ない分野は、確実にあるということ。

 

それは、私のような時代遅れの人間にとって、大きな救い。

 

そして同時に、この世界において、私が唯一貢献できる分野だろうと思うのだ。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

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