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Channel: 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート
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「回想」 その36

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東伏見で新青梅街道を右に折れ、五日市街道に入ると、、間もなく吉祥寺に着いた。
 

Kちゃんから車中で聞いた話しを要約すると、おおよそこういう内容だった。
 

 

 

バブル経済が弾けてから10年経つが、その間、東京の地価は下げ続け、今もまだ下げ止まったまま。
 

彼女が地元の武蔵野近辺で調べてみたところ、あり得ない安値で売りに出ている商業ビルが沢山あることが判明。
 

これはチャンスとばかり目星を付けた吉祥寺の物件を見て回っていた最中に、、たまたま五日市通りに面した分譲マンションの一階部分に、面白い物件を見つけたのだという。
 

 

 

現場に着くと、そこは8階建てほどのなかなか立派な分譲マンション。

 

正面エントランスの前は五日市通り、西側はいわゆる近鉄裏(現ヨドバシカメラ裏)方面に伸びる裏道に面した角地だった。
 

そして、駅の方に向いた南側と西側の一階部分は全てワンルームなのだが、、、面白いことに玄関ドアが全てガラス貼り。

 

つまり住居にも店舗にも出来る作りになっていて、軒並み 「古着屋」「占い」「ジュエリー雑貨」「ヴィンテージギター屋」等が入り、、全体として、いい意味で 「怪しい雰囲気」 を醸し出している。
 

立地としては 「近鉄裏」 と言っても住宅街寄りの方だから、繁華街の喧騒からは、全く無縁。

 

それでいて駅まで歩いても5~6分くらいだから、便利もいい。
 

 

 

「中島くん、ほら、ここ、ここ!」 とKちゃんが手招きする。

 

件の空き部屋は、ギター屋と古着屋の間の一部屋。
 

外から覗くと、、広さは5坪で小さいが形もいいし内装も綺麗で、確かに時計やジュエリーなどの小物を売る店にはちょうどいい箱だ。
 

立地、街の雰囲気、建物、部屋の感じ、、、その部屋を見た途端、私の心は決まっていた。
 

いくらか知らないが、家賃の分は自分のアパートを返してしまえば、、、岩田が東京に出て来た時の 「奥の手」 は、幸いにも残っていたのだ。 

 

 

 

「私これ見た時さー、すぐに中島くんの顔が頭に浮かんだよ。 小さいけど時計なんか売るにはちょうどいいし、なんたってこの立地で500万だよ! いくら不景気だって言ったって、あり得ないよー。」
 

とKちゃん。
 

「ホントホント。 中島くん、この物件は買っておいて損はないよ。 おそらく2、3年で倍に化けるね。」
 

Yさんが畳み掛ける。
 

 

 

「えっ? 500万?! これ売ってる店なの?」
 

一瞬耳を疑い、、、思わず私は悦ちゃんと顔を見合わせた。
 

なんだ、そうか、、。

 

それまで、それが 「売り物件」 とは聞いていなかったし、全く想定もしていなかった。
 

だが、まだ10年生のジャンクヤードはこのところようやっと歯車が噛み合い出したところで、、、500万円もの余裕がある訳はない。
 

 

 

天に舞い上がった気持ちが急激に萎み、、次第にちょっと腹が立ってきた。

 

なんだよー。

 

どんなにこの店が気に入ったって、、、そんなもん、俺が買えるわけ無いじゃん、、。
 


 

「もう、やだー、Kさん。 そんなの買えるわけないじゃないですかー!」

 

能天気な悦っちゃんは、ヘラヘラと笑っているが、、。

 

落胆と腹立ちを、咬み殺す私、、しかし、顔に出してはいけない。

 

何しろ2人とも、私の為に良かれと思って持ってきてくれた話しだし、、、Yさんには、洟垂れ小僧の頃からお世話になっているのだ。

 

辛うじて、私は表情を悟られまいと、「ちょっと狭いけど明るくていいよねー」 とか 「奥のドアは風呂場かな?」 なんて言いながら、、、外から部屋の中をじっと覗き続けた。

 

 

 

「アハハハー。」

 

しばらくすると、いかにも可笑しくて仕方がないといった風に、Yさんが笑い出した。

 

「中島くん、まだ相変わらず顔に出るねー。 変わってないよ。 ハハハ。 まあいいんだけどね。 それが中島くんの良いところでもあるんだから。」

 

かつてショップで働いていた時、Yさんから 「気分が顔に出過ぎるから、気を付けた方がいい」 と何度も言われていたのだが、、。

 

今回も、、、やはり私の下手くそな芝居を、ボスは丸っきりお見通しだったようだ。

 

Kちゃんも横でニヤニヤしている。

 

「悦ちゃん、平気平気。 ホント言うと、この大家は賃貸しもやってっから。 ¥95000だから悪くはないっしょ。 まあ5年も借りたら買えちゃう計算だから買った方が得なのは間違いないけど、、でも中島くんはきっとそのうちデカい店やるだろうから、それまでってことで、オーケーでしょ!」

 

 

 

2人に完全に一杯食わされた形になった私は、その日のうちに賃貸しの申し込みを済ませ、意気揚々とジャンクヤードに戻った。

 

怪しげな一画に佇む、もう一軒のジャンクヤード。

 

頭の中の風景に、、胸が一杯になった。

 

 

 

(続く)

 

 

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